5円玉に秘められた真鍮の物語|素材とデザインの奥深さ | Brass Note

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真鍮の豆知識

5円玉に秘められた真鍮の物語|素材とデザインの奥深さ

5円玉——それは、だれもが一度は手にしたことのある、とても身近な硬貨です。
じつはこの小さなコイン、真鍮(しんちゅう)という素材でできていることをご存知でしょうか?

真鍮は、銅と亜鉛を混ぜた合金で、「黄銅(おうどう)」とも呼ばれています。
その金色の輝きは華やかさと落ち着きをあわせ持ち、時間とともに深まる風合いが魅力のひとつです。

chicoriでも、この真鍮を大切な素材として使い続けています。
加工しやすく丈夫で、そして何より「時間とともに変化していく表情」に惹かれ、
表札やインターホンカバーなど、暮らしに寄り添うものづくりを行っています。

そんな真鍮が、実は5円玉というかたちで、日常の中に静かに息づいています。
そしてそのコインには、素材以上の深い意味が込められていることを知りました。

5円玉に込められた素材とデザインの意味

戦後の黄銅スクラップから生まれた「平和のコイン」

日本が戦争を終えた直後の時代。
世の中には、戦地で使われていた薬莢や弾帯、装弾子など、黄銅(真鍮)でできた軍需品が大量に残されていました。
それらを再利用するかたちで、1948年に登場したのが現在の5円玉です。

スクラップとして眠っていた真鍮が、今度は人々の暮らしを支える通貨として生まれ変わった——
そこには、「破壊」から「再生」へと向かう、大きな転換点としての意味が感じられます。

配合のばらつきや、素材そのものの風合いにも、そんな時代の名残がそっとにじんでいるのかもしれません。
かつて兵器に使われていた素材が、やがて希望の象徴になる。
このエピソードだけでも、真鍮という素材が持つ懐の深さを感じさせられます。

真ん中の“穴”には、こんなに意味がある

5円玉のいちばんの特徴ともいえる「真ん中の穴」。
実は1948年に誕生した5円玉には穴がなく、無孔5円玉と呼ばれています。
1949年(昭和24年)から、1円玉との識別を容易にするために穴が空いた5円硬貨が発行されるようになりました。
このユニークなデザインには、いくつもの実用的・象徴的な理由があります。

識別性の向上
1948年当時の1円玉と5円玉は、色やサイズが似ていて判別が難しかった。
特に視覚に障がいのある方のために、触ってわかるよう穴を設ける。

偽造防止
中央に精密な穴を開けるには高度な技術が必要。
これにより偽造が難しくなり、抑止効果が得られる。

原材料の節約
穴を開けることで材料使用量を約5%削減。戦後の物資不足の中で、この「わずか」な節約が重要だった。

デザイン上の意味
穴の周囲には「歯車」を模したギザギザ模様が刻まれている。これは日本の工業力を象徴する意匠。

歴史の継承
古代日本や中国の貨幣にも穴があり、紐を通して持ち歩いた。その文化的な記憶が5円玉にも引き継がれている。

ひとつの「穴」に、実用性と美しさ、そして歴史のつながりが込められているのです。

デザインに込められた“再出発”の願い

5円玉には、もうひとつ大きな特徴があります。
それは、「日本の産業」を象徴するデザインが、余すことなく盛り込まれていることです。

 

5円玉に刻まれた「日本の産業」を象徴するデザイン

  • 表面の稲穂“農業”を象徴

  • 水面に広がる波紋“水産業”を象徴

  • 穴のまわりの歯車模様“工業”を象徴

  • 裏面の双葉“林業と平和な民主主義の芽生え”を象徴

これらはすべて、戦後の復興において柱となった産業たち。
焼け野原から立ち上がり、もう一度「つくる力」を信じて進もうとする、
日本のそんな決意が、この小さな真鍮の板に刻まれているのです。

変わりゆく5円玉のこれから

つくることの意味が問われる時代へ

復興の象徴として生まれた5円玉ですが、時代が進むにつれて、その役割もまた変化のなかにあります。今、注目されているのは、「つくることのコスト」が大きな課題になってきているという現実です。

2024年の時点で、5円玉1枚の材料費は約4.71円。これは額面の94%にあたります。
銅や亜鉛といった金属の価格が世界的に高騰していること、そして円安の影響も重なって、製造費用は年々増加しています。

さらに、加工や運搬などを含めた製造コスト全体では7円前後とされ、年度によっては10円を超えることもあるといわれています。

つまり、5円玉をつくればつくるほど赤字になる可能性があるという、ちょっと切ない現実があるのです。

この背景には、日本だけでなく、世界中で進む資源の枯渇や環境への配慮といった、大きなうねりも関係しています。

だからこそ、私たちがふだん何気なく手にしている「お金」ひとつとっても、見えない問いがたくさん詰まっているのだと思います。

5円玉の材料費上昇による主な影響

5円玉の材料費が額面を上回ると、主に以下の影響が予測されます。

発行枚数の減少

 すでに5円玉の発行枚数は減少傾向にあり、今後はさらに絞られていく可能性があります。
 ふだん目にする機会が少なくなったと感じている方も、実際に多いのではないでしょうか。

材料変更の検討

 コストを抑えるために、真鍮ではない安価な金属への切り替えが検討される可能性もあります。
 もし素材が変われば、色や重さ、風合いも変わり、長く親しまれてきた“5円玉らしさ”が失われてしまうかもしれません。

キャッシュレス化の加速

 硬貨のコスト増は、電子マネーやスマホ決済の普及をさらに後押しするきっかけになります。
 とくに若い世代を中心に「現金を持たない生活」はすでに始まっており、5円玉の出番は少しずつ減ってきています。

コレクター価値の上昇

 発行枚数が少なくなれば、ある年の5円玉だけが特に希少になることも考えられます。
 もしかしたら、今お財布にある1枚が、将来ちょっとした“お宝”になるかもしれません。

 貨幣流通のコスト負担

 額面を上回るコストでつくり続けることは、国にとっても負担です。
 大量の発行・回収・保管といった流通全体にかかる費用は、私たちの税金にもつながっていきます。

まとめ

かつては、平和と復興の希望をこめてつくられた5円玉。
戦後の混乱のなかで「もう一度この国を立て直そう」とする強い意志が、真鍮の重みに込められていました。

そして今。

この小さなコインが、これからの日本がどう歩んでいくのかを、静かに問いかけているようにも感じるのです。

ふと手にした5円玉に、そんな物語が宿っていると知ったら——
いつもより少しだけ、じっくり眺めてみたくなるかもしれませんね。


 

この記事の著者

hiromiko

1979年生まれ。小さな頃からぬいぐるみと絵が大好きで、高校・専門学校とデザインの道へ。看板屋に就職し、葛西とは同期として出会う。ふたりの子どもの育児のかたわら少しずつものづくりを再開。
chicoriではWEBショップの運営、イラスト、文章の制作、筆記体デザインなどを担当している。
多趣味で、漫画を描いたり、本を作ったり。読書も好きで、純文学と児童文学をよく読む。「何でもできるかやってみる」がモットーで、気になることにはつい手を出してしまうタイプ。古いぬいぐるみと向き合う時間が心を整えるひととき。最近は「光るくに」のぬいぐるみたちの世界を別ブログで紡いでいる。苦手なことは片づけと整理整頓。

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