“LETTERS”のその先へ──真鍮レタープレートに宿る英国の住文化 | Brass Note

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“LETTERS”のその先へ──真鍮レタープレートに宿る英国の住文化

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真鍮という素材を日々扱う中で、海外の建築文化に触れる機会も多くあります。特に英国の住宅に見られる真鍮製のレタープレートは、実用性と美しさを兼ね備えた道具として、非常に印象的な存在です。

郵便物を投函するための小さなプレートでありながら、そのデザインや素材選びには、長い歴史と住まい手の美意識が反映されています。特にヴィクトリア朝時代に普及した真鍮製のプレートは、英国住宅文化の中で重要な位置を占めており、素材としての真鍮の魅力も存分に感じられます。

なぜこのようなパーツが今も大切にされ、使われ続けているのか。その背景をたどることで、真鍮という素材が持つ深い魅力にも改めて気づかされます。

ヴィクトリア様式の木製ドアに取り付けられた真鍮製のレタープレート"LETTERS"の文字が刻まれている。

郵便制度改革とともに始まった玄関ドアの進化

1840年、イギリスでは「ペニー・ブラック」と呼ばれる世界初の郵便切手が登場しました。この改革により、全国一律で安価に郵便を送ることが可能となり、手紙のやりとりが市民の間にも急速に広まっていきました。

手紙文化の広がりと住まいの変化

それまでの郵便は、主に上流階級や商人たちのものでしたが、この改革をきっかけに庶民の日常にも入り込むことになります。手紙の受け取りが日常化すると、それをどう受け取るか、という住まいの仕組みにも変化が求められました。

レタースロットの登場と普及

従来、郵便配達員は玄関のノッカーで家人を呼び出し、手渡ししていました。しかし配達数の増加により、直接受け渡すよりも、玄関に設けたスロットから差し入れる方法が合理的であると考えられるようになります。

こうして生まれたのが「レタースロット」、すなわちレタープレートです。当初は木の蓋や鉄の板で簡易的に作られていたものが、次第に美しさと耐久性が求められるようになり、真鍮という素材にたどり着きました。

真鍮という素材が選ばれた理由

耐候性と経年美化の両立

真鍮は、銅と亜鉛の合金であり、湿気に強く腐食しにくい素材です。イギリスのような雨の多い地域において、屋外で使用する部品には特に高い耐候性が求められました。

さらに、時間の経過とともに酸化が進み、色調が深まり、いぶし銀のような表情へと変化していく特徴もあります。この経年美化は、英国人が重視する「ものを育てる」価値観と合致していました。

装飾加工のしやすさ

真鍮は柔らかく加工がしやすいため、鋳造や彫刻に適しています。「LETTERS」の文字を立体的に浮かび上がらせるプレートや、アカンサスの葉模様を施したクラシカルなデザインが生まれたのも、この特性ゆえです。

また、表面をポリッシュ仕上げにすると鏡のような光沢を持ち、手磨きによって輝きを保ち続けることもできます。英国の家庭では、定期的にレタープレートを磨くという習慣があり、玄関先に手入れの痕跡が見られると、それが丁寧な暮らしぶりの象徴ともなっていました。

レタープレートに込められた英国的な美意識

家の「顔」を形づくる細部へのこだわり

英国の住宅文化では、玄関ドアは単なる出入り口ではなく、家の印象を決定づける「顔」として重視されてきました。その中で、ノッカー、ドアベル、ヒンジ、レタープレートといった金物は非常に重要な位置を占めます。

デザインの幅と書体への美意識

「LETTERS」と彫られた真鍮プレートには、シンプルなセリフ体から、アール・ヌーヴォー風の曲線的なもの、さらには植物模様をあしらった華やかなものまで、さまざまなバリエーションが見られます。

この書体やモチーフの選択には、英国のタイポグラフィ文化の影響も見逃せません。見た目の美しさだけでなく、フォントそのものに意味を込める感性が、建築にも反映されているのです。

現代にも受け継がれるレタープレートの魅力

街に息づく100年前の工芸

ロンドンやバースなどの古い街並みでは、今なおレタープレートが現役で使われている光景が見られます。家そのものはリノベーションされていても、玄関の真鍮プレートだけは当時のまま残っている──そんな家も珍しくありません。

現代の住まいにもなじむ存在

現在でも英国では伝統的な真鍮レタープレートが製造されており、クラシカルな住宅建材として人気があります。ミニマルなデザインの新作も登場し、現代の住まいにもしっくりと馴染むアイテムとなっています。

真鍮表札に宿る、同じ精神

レタープレートが玄関の「機能」として訪問者を迎えるパーツであるのに対し、表札は「名前」を通して住まい手自身を表す存在です。このふたつには、共通する美意識があります。どちらも、見た目の美しさと、時の経過を受け入れる素材の力が求められる道具なのです。

私たちが製作しているchicoriの真鍮表札も、この英国レタープレートに込められた精神を大切にしています。無塗装で仕上げることで、時とともにくすみや斑点が現れ、それがその家だけの表情となっていく。その変化は、手に取ったときから始まり、日々の暮らしとともに少しずつ育っていきます。

表札を玄関に掲げるという行為は、単なる識別表示にとどまらず、住まいへの思いをかたちにする行為です。だからこそ、真鍮という素材が持つ深みある表情と、時を重ねて育つ美しさにこだわっています。


 

この記事の著者

葛 西

1977年生まれ。幼少期を家業の看板屋の工場で過ごし、真鍮の経年変化の魅力の虜に。美術大学卒業後に実家の看板屋へ。10年間勤務後、洋服のセレクトショップ「chicori」を開業し、その中でオリジナル商品の真鍮表札の製造販売を始める。2023年より真鍮表札専門店として新たに歩み始める。妻と娘、息子の4人家族。最近ギターを習い始める。真鍮のように時を重ねる楽しさを届けたい。

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