「重さ」ではなく「物語」を量る──アシャンティの真鍮製分銅の魅力 | Brass Note

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「重さ」ではなく「物語」を量る──アシャンティの真鍮製分銅の魅力

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「重さで買う金」と聞くと、無機質な取引や経済的価値のみに注目しがちですが、かつてのアフリカ・ガーナでは、重さを量るという行為そのものが、文化や物語を語る行為でもありました。
アシャンティ王国で用いられていた「金衡(きんこう)分銅」は、単なる道具にとどまらず、真鍮製の小さな彫刻に物語性を宿す存在として、現在も世界中の博物館で高い関心を集めています。

真鍮という素材に秘められた歴史と、美しさ、そして語りの力──アシャンティ金衡の世界を深く掘り下げながら、現代における真鍮のあり方にも目を向けていきます。

アシャンティ王国の真鍮製金衡分銅

アシャンティ王国の金衡分銅とは

かつてガーナに存在したアシャンティ王国では、黄金を計量するための道具として、極めて精巧な真鍮製の分銅が用いられていました。
それらは「アカン分銅(Akan weights)」とも呼ばれ、16世紀から19世紀にかけて広く使われていたとされます。

真鍮で作られた動物や寓話のミニチュア

金衡分銅の多くは、幾何学的な立体形状だけでなく、ワニ・カメレオン・象・鳥などの動物、あるいは寓話をモチーフにした人物や道具など、多彩なモチーフが施されています。
素材はすべて真鍮。
砂型鋳造によってひとつひとつ丁寧に作られたこれらの分銅は、単なる計量器具としてだけでなく、持ち主の知識や品格、社会的立場を示す文化的装飾でもありました。

動物の姿にはそれぞれ意味があり、たとえばワニは「川の流れに逆らっても力強く生きること」、カメレオンは「慎重さと変化への適応力」などを象徴しています。
こうした寓意のある形状は、取引の場で物語を語り継ぐ手段としても機能していたのです。

重さだけでなく「語り」を量る道具

アシャンティ社会において、交易とは単に物と金を交換する場ではありませんでした。
それは信頼を築き、知恵を伝える場でもありました。商人たちは分銅を手に取り、その形状に込められた寓話や教訓を語ることで、相手に誠実さや知識を伝えたとされます。

たとえば「互いに支え合う二匹のワニ」の分銅は、協力の大切さを語り、「長い舌をもつカメレオン」の分銅は、軽率な発言の危うさを説く──。
こうした寓話は口伝によって継承され、分銅はまさに「語りの触媒」として用いられていました。

アシャンティ王国の人々が金衝分銅を用いて取引している様子

博物館で人気を博すアートピース

現在、これらの金衡分銅は、イギリスの大英博物館をはじめ、アメリカのスミソニアン博物館、ガーナ国立博物館など、世界各地の博物館で展示されています。
小さな真鍮の彫刻でありながら、精密な造形美と民族的な象徴性を兼ね備えており、アートピースとしても高い評価を得ています。

中でも、取引時に実際に使われた木製の量りや、粉状の金を扱うための真鍮スプーンといった関連道具と併せて展示されることで、当時の交易文化を立体的に感じられる構成が、多くの来館者の心を打っています。

真鍮が持つ「物語性」とは何か

アシャンティの金衡分銅は、「真鍮」という素材そのものが語りを宿しうることを私たちに教えてくれます。

経年変化が記憶を重ねる

真鍮は、使い込むほどに表情を変える素材です。
アシャンティの分銅も、長い年月を経るなかで手垢や空気によって色合いが深まり、それがまた新たな物語となって刻まれていきました。
光沢を失うことなく、むしろ落ち着いた艶を帯びていく様子は、まさに時間の経過を記憶するかのようです。

私自身も真鍮に日常的に触れるなかで、使い始めの華やかさよりも、数年後のしっとりとした輝きの方がむしろ愛おしく感じられるようになりました。

手に触れる「知恵の象徴」

アシャンティの金衡分銅は、単なる道具を超えて、人々の知恵や価値観を目に見える形で具現化した存在です。今日においても、手仕事によって形作られた真鍮の品は、そこに宿る意志や背景が使い手に静かに語りかけてきます。

特に「使われることで完成する美」という考え方は、表面のきらめきよりも、使い続けたことで生まれる深みこそが美であるという思想につながります。
この価値観は、現代の大量生産では決して得られない、唯一無二の魅力だと実感しています。

chicoriの真鍮表札に込めた「語りの力」

アシャンティの金衡分銅が語るように、真鍮という素材には、目に見える以上の意味を宿す力があります。chicoriの真鍮表札にも、そうした語りの力を込めたいと考えています。

無塗装の真鍮プレートは、住む人の時間とともに変化し、唯一無二の表情を育てていきます。それはまるで、家族の物語を静かに記憶するかのようです。
形だけではなく、素材そのものに意味を込める──そんな想いで、ひとつひとつ丁寧に製作しています。

まとめ

ガーナ・アシャンティの金衡分銅は、交易という日常的な行為に文化的価値と物語を重ねた、真鍮工芸のひとつの到達点です。
その小さな彫刻には、人々の知恵と想いが宿り、今もなお多くの人を魅了しています。

現代においても、真鍮という素材は語りを宿す存在であり続けています。chicoriの真鍮表札もまた、日々の暮らしの中で育つ物語をそっと支える存在でありたいと願っています。


 

この記事の著者

葛 西

1977年生まれ。幼少期を家業の看板屋の工場で過ごし、真鍮の経年変化の魅力の虜に。美術大学卒業後に実家の看板屋へ。10年間勤務後、洋服のセレクトショップ「chicori」を開業し、その中でオリジナル商品の真鍮表札の製造販売を始める。2023年より真鍮表札専門店として新たに歩み始める。妻と娘、息子の4人家族。最近ギターを習い始める。真鍮のように時を重ねる楽しさを届けたい。

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