小便小僧は真鍮製だった ─ ブリュッセルの街角に立つ400年の記憶 | Brass Note

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小便小僧は真鍮製だった ─ ブリュッセルの街角に立つ400年の記憶

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ベルギー・ブリュッセルの街角に立つ「小便小僧(Manneken Pis)」は、観光名所としてだけでなく、長い時間を生き抜いてきた“文化の象徴”でもあります。実はこの像、17世紀に初めてつくられた際には真鍮製でした。市民の誇り、祝祭の主役、そして愛すべきユーモアの象徴──その背景にある素材の選択には、当時の精神が込められています。
真鍮という素材に日々触れている立場から、その魅力と意味について深く考えてみました。

彫刻家が真鍮製小便小僧の原型を作っている様子

真鍮でつくられた「初代・小便小僧」

ブリュッセルの小便小僧が誕生した17世紀、街の装飾や公共施設には美意識と技術が注がれていました。そんななかで選ばれたのが、真鍮という金属でした。現在のブロンズ像の背後にある、原初の「真鍮像」の物語をたどります。

芸術家デュケノワが手がけた17世紀のオリジナル

1619年、彫刻家ジェローム・デュケノワによって製作された小便小僧は、都市の泉の一部として設置されました。ルネサンスの影響を受けた当時のベルギーでは、公共空間を彩る装飾彫刻が盛んであり、市民に開かれた美術として彫像が高く評価されていました。

真鍮という素材の選択が意味するもの

真鍮は、銅と亜鉛の合金でありながら、まるで金のような上品な光沢を持ち、加工性にも優れた素材です。彫刻の細部を美しく表現できる真鍮は、当時、祭具や記念プレート、階級章などにも用いられ、格式ある素材として知られていました。

市民の誇りとして愛される像に

この像は単なる装飾品にとどまらず、市民の象徴として扱われるようになります。どこか滑稽で愛嬌のあるポーズが人々の共感を呼び、街のアイデンティティを体現する存在となっていきました。真鍮の温かみある光沢と質感が、そうした親しみやすさと威厳の両立を可能にしていたと考えられます。

祝祭とともに歩む、小便小僧の変遷

時代とともに変わりゆく都市の風景のなかで、小便小僧は何度もその姿を変えながら生き続けてきました。戦争、盗難、そして祝祭──それらの出来事が、この像に「生きた文化財」としての意味を加えていきます。

繰り返された盗難と修復

小便小僧は18世紀以降、度重なる盗難や破壊に見舞われました。特にフランス軍による略奪事件や、20世紀初頭の盗難事件など、いくつかの被害が記録されています。しかし、そのたびに市民の手で像は修復され、元の場所へと戻されました。現在の像は1965年に再鋳造されたもので、オリジナルはブリュッセル市立博物館(Maison du Roi, Musée de la Ville de Bruxelles)に保管されています。

なお、専門家の間では「博物館に所蔵されている初代像は後年につくられた模造品ではないか」という説も存在しています。長い年月を経て資料や記録が失われるなかで、真贋をめぐる議論が現在も続いています。

1,000着以上の衣装を持つ“世界一衣装持ち”の像

1698年、ルイ15世から贈られた制服を皮切りに、小便小僧は様々な衣装を着せられる伝統が始まります。現在では国際機関、各国の観光局、スポーツ団体などから贈られた衣装が累計1,000着以上にのぼり、専用のスタッフによって管理・展示されています。

市民のユーモアと誇りを映す存在へ

現地では、学校の制服を模した衣装が着せられることもあり、地域社会や教育への関心を象徴する装いとして注目されています。小さな像が、国や地域のアイデンティティを映す「鏡」となっていることは、世界中の人々にとって印象深い光景となっています。

なぜ真鍮が選ばれたのか ─ 素材が語る文化

小便小僧の素材として真鍮が選ばれた背景には、当時の技術だけでなく、「都市の文化を象徴するにふさわしい金属」としての評価がありました。現代でもその魅力は変わらず、多くの人の暮らしの中に静かに息づいています。

加工性と耐久性を兼ね備えた素材

真鍮は、加工のしやすさと同時に、湿度や風雨に強く、長い年月に耐える性質を持っています。都市の屋外に置かれる彫像として、真鍮はまさに理想的な素材であったといえます。また、真鍮は酸化によって表面に独特の色合いを生じるため、時間の経過とともに味わいが深まり、変化する姿を楽しむことができます。

美しさと重厚さが共存する質感

真鍮の色味は、金属でありながらどこかやわらかく、人肌のような温かさを感じさせるところがあります。そのため、威圧的でなく、親しみやすい印象を与えることができ、彫刻として人々の記憶に残りやすいのです。実際に真鍮に触れながら製作を行うなかで、私はその「温かみのある重厚さ」に、他の金属にはない魅力を感じています。

真鍮の価値は、今も変わらない

時代が移り変わっても、真鍮が持つ素材としての価値は揺らぐことがありません。現代のプロダクトデザインにおいても、真鍮は「経年美」を生かした選択肢として注目されています。私たちが製作する真鍮表札でも、塗装やコーティングを一切施さない無垢の状態でお届けすることで、時とともに育つ素材の美しさを楽しんでいただけます。まさに小便小僧がたどった「時間とともに愛される存在」としての道のりを、表札というかたちで受け継いでいると感じています。

まとめ

ブリュッセルの「小便小僧」は、ただのユニークな像ではなく、17世紀から現代に至るまで市民の誇りと愛情に支えられてきた存在です。その始まりに真鍮という素材があったことは、偶然ではなく必然だったといえるでしょう。
真鍮は、加工性、耐久性、そして時間とともに深まる美しさという点で、今も昔も変わらぬ魅力を持っています。
私たちが手がける真鍮表札もまた、小便小僧と同じく「暮らしのなかに根ざし、時を重ねて美しさを増す存在」でありたいと願っています。真鍮という素材に込められた文化と美意識を、住まいの玄関にそっと添えることができれば、これほど嬉しいことはありません。

 


 

この記事の著者

葛 西

1977年生まれ。幼少期を家業の看板屋の工場で過ごし、真鍮の経年変化の魅力の虜に。美術大学卒業後に実家の看板屋へ。10年間勤務後、洋服のセレクトショップ「chicori」を開業し、その中でオリジナル商品の真鍮表札の製造販売を始める。2023年より真鍮表札専門店として新たに歩み始める。妻と娘、息子の4人家族。最近ギターを習い始める。真鍮のように時を重ねる楽しさを届けたい。

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