真鍮ランプが一晩で金色に戻る理由──モロッコの旧市街で見られる自然現象 | Brass Note

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真鍮ランプが一晩で金色に戻る理由──モロッコの旧市街で見られる自然現象

#モロッコ#真鍮#真鍮ランプ#経年変化

モロッコの旧市街には、迷路のように入り組んだ路地の随所に、真鍮でつくられたランプが吊るされています。その中でも、細かな透かし模様を施したピアス状の「フェズランタン」は、昼と夜で表情を大きく変える特徴を持っています。日中は白くくすんだ色合いながら、夜になると蝋燭の熱で表面が反応し、翌朝には金色の輝きを取り戻すという自然現象が確認されています。

真鍮という素材が環境とともに変化し、自ら美しさを再生するかのようなこの現象には、素材を扱う者として深く心を動かされるものがあります。装飾としての美しさにとどまらず、真鍮本来の力を感じさせる象徴的な存在として、このランプの魅力を掘り下げます。

真鍮製の照明が照らされているモロッコの路地

モロッコのランプ文化と真鍮の関係

モロッコは照明文化が非常に豊かな国であり、特に旧市街(メディナ)では無数のランプが路地を彩っています。その多くが真鍮、あるいは真鍮合金でつくられており、素材そのものが持つ反射のやわらかさや加工のしやすさが重宝されてきました。

職人の手作業によって生まれるランプ

モロッコのランプは大量生産品とは異なり、ひとつひとつが職人の手で仕上げられています。フェズランタンに代表される透かし彫りの模様は、金属を打ち抜く作業を何百回と繰り返すことで完成します。細かい模様は光をやわらかく分散させ、壁に幻想的な影を映し出します。これは工業製品では表現し得ない、手仕事ならではの光の“揺らぎ”です。

真鍮が選ばれる理由

真鍮は銅と亜鉛の合金で、加工性・耐久性に優れている上、年月とともに表情が変化する素材です。特にモロッコの乾燥した気候では、酸化による表面の白化が早く進みやすく、その変化の過程さえも装飾の一部として受け入れられています。

フェズランタンの“変化する光”──夜に蘇る金色の理由

フェズランタンが特別なのは、夜になると蝋燭の熱によって表面の酸化が変化し、翌朝には再び金色の輝きを取り戻すという現象にあります。これは決して人工的に意図された演出ではなく、素材と環境が生む自然の循環によるものです。

白サビの状態と金色に輝く状態のフェズランタン

昼間は「くすんだ白」、それでも美しい

日中のフェズランタンは、全体的に白く乾いたような色合いです。これは真鍮が酸素と反応して表面に酸化亜鉛や酸化銅などの皮膜を形成しているためで、いわゆる“白錆び”と呼ばれる状態です。ただし、これは劣化ではなく素材の正常な変化であり、表面が保護されている証拠でもあります。

蝋燭の熱で皮膜が剥がれ、輝きが戻る

夜になると、フェズランタンの中にともされた蝋燭の炎が真鍮をじんわりと温めます。このとき、数百度に満たない低温でも、酸化皮膜の一部が緩やかに剥がれていきます。表面が乾燥し、微細な皮脂や埃が飛ばされることで、翌朝には元の金色に近い状態が現れます。

この変化は一夜で完結し、特別な手入れをしなくても自然に起こる“自浄作用”です。

素材と時間が織りなす表情──真鍮の“呼吸”を感じる

真鍮は非常に敏感な素材で、気温、湿度、手の油分、そして空気中の成分に応じて色合いや質感を変えます。この特性は、扱い方によっては「手間がかかる」と思われることもありますが、私にとっては真鍮の最大の魅力です。

コーティングを施さない潔さ

chicoriの表札づくりでも、真鍮には一切のコーティングを施していません。これは、変化を許容し、むしろ楽しむという姿勢に基づいています。塗装された真鍮は変色しにくく美しさが長持ちしますが、素材本来の呼吸や経年変化を止めてしまいます。

真鍮表札にも活かされる“自然のサイクル”

このフェズランタンの変化を知ったとき、真鍮を扱う者として深く納得するものがありました。無塗装の真鍮が、環境との関わりの中でくすみ、やがて再び輝きを取り戻す──このサイクルは、私たちが制作しているchicoriの真鍮表札にも共通しています。

素材の変化を楽しみながら、手を加えすぎず見守る。それは住まいと時間をともにする表札にとって、最も誠実な姿勢だと考えています。

まとめ

モロッコの旧市街に点在する真鍮製のフェズランタンには、真鍮という素材の特性がよく表れています。日中は白く乾いた表情ながら、夜に蝋燭の熱で酸化膜が飛び、翌朝には再び金色の輝きを取り戻す──この自然な循環は、装飾的でありながら素材本来の生命力を感じさせます。

この“自浄作用”と呼べる変化は、調べていく中で非常に興味深く、真鍮を扱う立場として深く共感する部分がありました。特に、加工後にコーティングを施さず、素材本来の変化をそのままに保つ文化的な姿勢は、私たちのものづくりとも重なります。

chicoriの真鍮表札でも、無塗装の真鍮が環境と呼吸しながら、経年によって深みを増していきます。最初の光沢が落ち着き、時にくすみながらも、ふとした瞬間に輝きが戻る──そうした自然な変化が、人の暮らしに寄り添う表札としての魅力を育んでくれると感じています。

真鍮は、時間とともに完成していく素材です。だからこそ、変化を恐れず、素材に任せる。その姿勢を大切にして、これからも真鍮と向き合っていきたいと思います。


 

この記事の著者

葛 西

1977年生まれ。幼少期を家業の看板屋の工場で過ごし、真鍮の経年変化の魅力の虜に。美術大学卒業後に実家の看板屋へ。10年間勤務後、洋服のセレクトショップ「chicori」を開業し、その中でオリジナル商品の真鍮表札の製造販売を始める。2023年より真鍮表札専門店として新たに歩み始める。妻と娘、息子の4人家族。最近ギターを習い始める。真鍮のように時を重ねる楽しさを届けたい。

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