音が育つ金属 ─ 真鍮とガムラン | Brass Note

COLUMN

真鍮と歴史 真鍮の豆知識

音が育つ金属 ─ 真鍮とガムラン

#ガムラン#ゴング#真鍮#真鍮表札

インドネシアの伝統音楽「ガムラン」は、独特のゆらぎを持つ金属打楽器のアンサンブルです。バリ島やジャワ島の寺院儀式、結婚式、伝統演劇などに欠かせない音楽として今なお演奏されています。中でも注目したいのが、楽器に使用されている真鍮の素材です。銅と亜鉛の比率が精密に調整されたこの合金は、柔らかくも芯のある音を生み、経年によってさらに豊かな倍音を育てていきます。この記事では、ガムランの文化的背景とともに、音の美しさを支える真鍮の役割に焦点を当てます。

インドネシアの伝統楽器ガムラン|真鍮製

軽やかな音色は真鍮の秘密配合 ─ インドネシア「ガムラン」

インドネシアの伝統音楽「ガムラン」は、繊細で柔らかな音の重なりが心に残る不思議な魅力を持っています。バリ島やジャワ島の結婚式、寺院の儀式、影絵芝居などで奏でられるこの音楽の中心には、大型のゴングをはじめとする金属打楽器があります。中でも注目すべきは、その音を生み出す素材に「真鍮」が選ばれていること。銅80%・亜鉛20%前後の合金比率が、豊かな倍音とまろやかな響きを実現しています。なぜ真鍮がガムランの音づくりに欠かせないのか。その理由を、文化や歴史の背景とともに探ります。

ガムラン音楽とは ─ 音と精神が結びつく芸術

バリ島やジャワ島で奏でられるガムランは、単なる音楽ではなく、人々の信仰や生活に根ざした精神的な営みの一部です。その背景を理解することで、なぜ真鍮という素材がこの音楽に深く結びついているのかが見えてきます。

ガムランの演奏形態と精神性

演奏は10〜30人ほどのアンサンブルで行われ、楽器はすべて調律がセットでなされており、他のグループと互換性がありません。ひとつのガムランセットは、ひとつの「家族」のように扱われ、儀式や祭礼では神聖な存在とされています。

ガムラン音楽は、メロディ・リズム・音の重なりが複雑に絡み合い、「インターロッキング」と呼ばれる技法によって旋律を分担しながら生まれる揺らぎが魅力です。この微妙なゆれが「生きている音」を感じさせ、宗教的な場や神事にも深く関わっています。

歴史と文化に根づいた楽器

ガムランの歴史は古く、ジャワ島では8世紀のボロブドゥール遺跡のレリーフにも描かれており、少なくとも1000年以上の歴史があります。宮廷音楽として発展したジャワのガムラン、祝祭的で躍動感あるバリのガムランなど、地域ごとに異なる特徴を持ちながら、いずれも人々の暮らしと精神に深く根を張ってきました。

ガムラン音楽を支える真鍮の響き

ガムラン音楽の独特な音の厚みや広がりは、楽器の素材によって支えられています。中でも真鍮は、その合金比と加工性により、音響面で非常に重要な役割を担っています。

音色を左右する真鍮合金の秘密

ガムランのゴングやメタロフォンには、銅80%・亜鉛20%前後の比率で作られた真鍮が多く使用されています。これは「ゴング・カンサ」とも呼ばれる伝統合金で、長年の経験から導かれた比率です。銅の粘りと亜鉛の硬さが響きに奥行きを与え、叩いた直後の鋭さと、数秒後に広がるまろやかな倍音が両立するのが特長です。

この配合は、音楽的な意味だけでなく、製作時の扱いやすさや調律の自由度にも貢献しています。

叩くほどに育つ音 ─ 真鍮の経年変化

この比率の真鍮は、経年とともに音色が変化する性質を持ちます。長く使用されたゴングは、表面の酸化や微細な変形によって音に丸みが増し、より柔らかく、深みのある響きに変化していきます。これは、真鍮という素材の「育つ」性質によるものであり、単なる道具ではなく、演奏とともに成熟していく存在として尊重されてきました。

真鍮表札で使用される合金との比較

同じ真鍮でも、用途によって配合される銅と亜鉛の割合は大きく異なります。ここでは、音を生み出す真鍮と、chicoriの表札で使われる真鍮の違いを比較します。

chicoriの真鍮表札では、銅60%・亜鉛40%の比率で構成された「黄銅二種(C2801)」を使用しています。こちらは建材や装飾用に広く使われているもので、ガムラン楽器に使われる銅80%の配合に比べて、より硬質で明るい金色の表情を持っています。

この違いが音響面にも現れ、銅の比率が高いほど音はまろやかで柔らかくなり、亜鉛が増えるほどシャープで明瞭な音になります。表札においては、耐久性と発色の安定性が求められるため、やや硬めで変色しすぎない黄銅二種が適しています。一方、音を響かせるためには、柔らかく倍音豊かな高銅比の真鍮が選ばれているのです。

素材としての真鍮の奥深さ

真鍮は、音響特性だけでなく、経年によって変化する外観や手触りも魅力のひとつです。その美しさと実用性は、楽器にも生活道具にも通じる普遍的な価値があります。

美しさと機能性を兼ね備えた金属

新品の真鍮は、光沢のある明るい金色を帯びていますが、空気や手の脂によってゆっくりと酸化し、落ち着いた色調へと変化していきます。時間をかけて深みを増すその様子は、まるで木や革のように、暮らしの中で味わいを深めていく素材と言えるでしょう。

楽器も、表札も、その表情が固定されていないところに魅力があります。真鍮は「時間」と「環境」に応じて変化する、稀有な金属です。

まとめ

ガムラン音楽のあの軽やかで神秘的な音色は、単なる演奏技術だけでなく、素材としての真鍮の力に支えられています。銅80%という高銅比の合金が、豊かな倍音と奥行きを生み、長年の使用によってさらに成熟していきます。chicoriの真鍮表札に用いられる真鍮とは異なる比率ながら、「育つ金属」としての本質は共通しています。

遠くインドネシアの伝統音楽と、暮らしの中の小さな真鍮の表情。その間には、素材を通してつながる確かな魅力があります。


 

この記事の著者

葛 西

1977年生まれ。幼少期を家業の看板屋の工場で過ごし、真鍮の経年変化の魅力の虜に。美術大学卒業後に実家の看板屋へ。10年間勤務後、洋服のセレクトショップ「chicori」を開業し、その中でオリジナル商品の真鍮表札の製造販売を始める。2023年より真鍮表札専門店として新たに歩み始める。妻と娘、息子の4人家族。最近ギターを習い始める。真鍮のように時を重ねる楽しさを届けたい。

コメントは受け付けていません。

関連記事

プライバシーポリシー / 特定商取引法に基づく表記

Copyright © 2025 Brass Note All Rights Reserved.

CLOSE