60/40の哲学――ムンツメタルとロクヨンクロス、そして真鍮表札 | Brass Note

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60/40の哲学――ムンツメタルとロクヨンクロス、そして真鍮表札

#真鍮

雨や潮風にさらされた金属が、ほんのりとした黄金色から深い飴色へ、そして褐色へと移ろう過程は、まるで時そのものが目に見えるようです。

その現象を最も劇的に示してくれる素材の一つが「ムンツメタル」と呼ばれる 60/40 ブラス。

十九世紀の造船業を劇的に変えたこの合金は、発明者ジョージ・フレデリック・ムンツの情熱と社会改革の理想を映す鏡でもありました。さ

らに六対四という数字は、遠く離れたフィールドで誕生した「ロクヨンクロス」にも姿を変え、私たちの装いを刷新してきました。

この記事では、ムンツメタルの誕生秘話とムンツの人物像に深く踏み込み、同じ 60/40 の系譜にあるロクヨンクロスを横目で眺めながら、現代の真鍮表札へと時空を超えた物語の糸を結んでみたいと思います。

海辺の真鍮板と60/40クロスのマウンテンパーカー

ムンツメタル――六対四の比率が変えた海と産業

十九世紀初頭、大英帝国の海には純銅板がきらめいていました。

大型艦が船底を腐食から守るために貼り付けた純銅は、高価で取り扱いが難しい代物でしたが、他に選択肢がなかったのです。

産業革命で鉄船が普及すると、海水がもたらす電食やフジツボの付着がさらに深刻な問題となります。

純銅に代わる低コストかつ信頼できる金属を求めて多くの研究者が試行錯誤する中、一人の青年実業家がアイデアと行動力でその壁を破りました。

ジョージ・フレデリック・ムンツの生い立ちと動機

ジョージ・フレデリック・ムンツは 1794 年、バーミンガムで金属加工に携わる家に生まれます。

工場の煙突と蒸気機関の鼓動が日常を彩る町で、彼は幼いころから金属の光沢や硫黄のにおいに親しみ、やがて父の工場で合金作りの基礎を学びました。

ムンツの転機は、造船所の視察で聞いた船主たちの嘆きでした。

純銅板に頼った船底保護は費用がかさみ、小型商船や植民地航路の貨物船には到底手が出なかったのです。

六対四という黄金比の発見

銅九割に亜鉛一割という保守的な配合から始めた実験は、耐食性とコストのジレンマを抱えて難航します。

試行錯誤の末、亜鉛が四割になったとき、耐腐食性と加工性が飛躍的に向上し、船底材として実用化できる目途が立ちました。

銅イオンによる生物付着の抑制と、亜鉛による犠牲防食の相乗効果が、ムンツメタルの革新性を支えていました。

船底材としての劇的な普及

1832年に特許を取得したムンツは、海軍とロイド船級協会による認可を経て、造船業界にムンツメタルを供給し始めます。

初導入された商船では、燃料効率が向上し、メンテナンスコストが削減されるなど、商業的な成功を収めました。

その価格競争力と性能の両立が、ムンツメタルの普及を後押しします。

社会改革と技術の両立

議員としても活動したムンツは、技術革新だけでなく社会制度の改革にも力を注ぎました。

労働者の待遇改善や自由貿易の推進、地方工場への技術開放など、利益よりも社会全体の進歩を優先する姿勢は、彼のものづくりに対する哲学と深く結びついています。

陸に上がったムンツメタル

船底材としての成功の後、ムンツメタルは陸上設備にも応用されました。

鉄道部品や橋梁、蒸気機関部品に採用され、日本でも明治期に技術が導入されました。

今日においても水門部品などに使用されるなど、産業の現場でその価値は引き継がれています。

ロクヨンクロス――布の世界に現れたもう一つの 60/40

六対四という数字は、意外にも二十世紀後半のアメリカで新たな命を得ます。

マウンテンパーカの代名詞として知られるロクヨンクロスは、コットン六割、ナイロン四割という配合でアウトドアウェアの歴史を塗り替えました。

誕生の背景

1960年代の西海岸で生まれたアウトドア文化に応えるため、シエラデザインズは新素材を開発しました。

高密度に織られたコットンとナイロンの組み合わせは、防水性と耐久性を高次元で両立し、アウトドアファンの心をつかみました。

文化への波及

ロクヨンクロス製のマウンテンパーカーは都市生活にも浸透し、経年変化によって風合いを増す点が人気を集めました。

自然素材と合成素材のバランスが生む着心地と機能性の両立は、ファッションと生活の接点を豊かにしています。

六対四の精神が真鍮表札に宿るまで

ムンツメタルとロクヨンクロスは異なる分野でそれぞれの革命を起こしましたが、六対四の配合が示す「二つの特性の絶妙な調和」という哲学は共通しています。

その精神は、現代の住まいの顔を飾る真鍮表札にも引き継がれています。

無塗装真鍮表札の経年美

chicori が採用する黄銅二種は、銅六割・亜鉛四割というムンツメタルの配合と同一です。

無塗装で取り付けられた表札は、自然環境と触れ合いながら時間とともに色調を変化させ、住まいに静かな時間の積層を刻んでゆきます。

ムンツの理念と真鍮表札

ムンツが目指したのは、技術を独占せずに社会へ開くことでした。

chicori の真鍮表札も、過剰な装飾を加えず、素材そのものの変化と魅力を届けたいという姿勢を貫いています。

日々の生活の中で、金属が静かに語りかけてくるその美しさを、時をかけて実感することができます。

まとめ

六対四という数字は、一見ただの比率に過ぎません。

しかしムンツメタルが十九世紀の海運に革新的なコストダウンと防汚性をもたらしたように、ロクヨンクロスは二十世紀のアウトドアウェアに軽やかさと耐候性を同時搭載するきっかけとなりました。

両者に共通するのは、二つの素材特性を絶妙なバランスで融和させ、技術を人々の暮らしに手が届く形で提供した点です。

ムンツメタルの耐久性と経年変化は、現代の真鍮表札にも脈々と息づき、家族の物語を金属の色の深まりとともに紡いでゆきます。

素材と時間、機能と情緒、その双方を抱きしめる六対四の精神は、海を渡り、山を越え、玄関先の小さなプレートにまで宿り続けているのです。


 

この記事の著者

葛 西

1977年生まれ。幼少期を家業の看板屋の工場で過ごし、真鍮の経年変化の魅力の虜に。美術大学卒業後に実家の看板屋へ。10年間勤務後、洋服のセレクトショップ「chicori」を開業し、その中でオリジナル商品の真鍮表札の製造販売を始める。2023年より真鍮表札専門店として新たに歩み始める。妻と娘、息子の4人家族。最近ギターを習い始める。真鍮のように時を重ねる楽しさを届けたい。

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